生年月日
昭和48年4月24日広島生まれ 血液型:A

特徴といえば忘れっぽい、アバウト。性格は結構さっぱりしている(と思う) 埼玉県民。一時、横浜や小金井に住んでいた。

小中学生の頃の普段の生活は鉄道とチェロと勉強が主だった。 小学校まではバイオリンもやっていた。写真は弟との発表会での証拠写真。 バイオリンはあまり好きじゃなかったなあ。。。チェロを始めたら 楽器というものが好きになった。
それ以外、夏休みなどには、婆ちゃんのいる広島の海で泳いだり釣りをしたり、 その泳いだ帰りに「ロンドン」っていう名の特大かき氷をたべた、という記憶が強い。 いつも列車の写真を撮りによく東京や上野へいってはブルートレインにL特急 を追いかけていた。休みには各駅鈍行列車の旅もよくした。 とにかく時刻表が大好きだった。

その後、男子シンクロの映画”ウォーターボーイズ”の元になった 県立川越高校出身。文化祭と弦楽合奏に燃える。
・・・まさかあのシンクロが映画になるとは! 僕が2年生くらいだったかなぁ。 たしかにあの頃はぶっとんだ企画だったけど、当時から女子高生や近隣おばさん達から 絶大な人気だった。ちなみに、僕は水泳は苦手だったので、ちょっとうらやましかった(?!)。
 男子校の文化祭は楽しい。内輪受けでなく、完全に「いかにお客様に喜んでいただけるか。」 という、まさに現在しきりに企業でさけばれるCustomer Satisfactionをすでに先取りしてたかも。(^.^) すばらしい経済感覚をもった高校生だった(ほんと?)。夜祭も頑張ったけど((@_@)何を?)、 3年のときはクラス有志で軽食喫茶をやったのが思い出。
 僕がいた弦楽合奏同好会は初め7人くらいの同好会でスタート。でも3年生の頃までには となりのK女子高と合同コンサートをするまでに成長。いまでは部活になって市民会館で コンサートをやってるそうです。

早稲田大学に入ってからは大学オーケストラ”通称ワセオケ”に入団。 音楽三昧の学部時代を過ごし、大学院に入ってようやく勉強に身を入れる。
・・・ワセオケでの4年間は大変。でも、オーケストラとは何か、楽団員 とは何か、合奏をする技術に、ワールドツアーで世界の大舞台での演奏、世界トップクラスの 演奏家に接する機会など、普通だと考えられないすばらしい経験によって今の自分がある。 チェロについては別のページで書くことにします。

大学院ではロボットと人間の対話(ヒューマンインタフェース)を研究。

でも、会社では携帯電話の通信プロトコルのソフトウェア開発。

でもでも、3年ちょっとで辞めた。芸術系の仕事があきらめられず・・・
 バイオリン製作の勉強を始めるとともに、ヤマハでのチェロ講師の仕事を得て 現在に至る。


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